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大分地方裁判所 昭和34年(ワ)383号 判決 1963年9月23日

被告 伊豫銀行

理由

原告会社が被告銀行に対し主張額の普通預金を為していたことは被告銀行の認めるところである。そして被告銀行は右預金を原告会社に対し払戻したとして種々抗弁するのであるが、その抗弁の判断に先立ち本件に関係ある事実の概略を考察して置く。

成立に争のない甲第一、二号証、同第四乃至第九号証、同第十、十一号証の各一乃至三、同第十二号証、乙第三、四号証、同第五号証の二、証人児玉秀夫、荻森弥佐雄、河合義数の各証言及び原告会社代表者松浪新平尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

(1)  原告会社代表者松浪新平は株式会社大丸タクシーの副社長で、上野学は同社の運転手より昭和三十三年頃から経理課長となつた者であるが、大分市内に於て反毛の製造販売を営みたいと云う訴外伊藤孝之及びその後援者と称する訴外塚本信子の両者と偶々知合い、昭和三十三年十二月頃より松浪、上野に対し右事業化の相談が持かけられた。その結果昭和三十四年六月四日に資本金三百万円、綿、羊毛の紡績加工、反毛の製造販売等を目的とする原告会社の設立を見たのであるが、それに充てられる資本は右塚本が大阪より反毛製造機械を船で輸送中火災に遭つたため給付された保険金中の三百万円であり、役員として取締役兼代表取締役松浪新平、取締役上野学外二名等が名をつらねたが右事業目的に関してはすべて無知識の門外者であつた。

(2)  ところで後日判明したところでは松浪や上野に事業化の話を持かけたのは塚本や伊藤のたくらんでいた保険金詐欺の偽装手段であつて、塚本らは反毛事業には門外者である松浪らに巧言を用いて大分市で松浪らの名を出して事業化することを説得し松浪を利用して同人名義で塚本が大阪より海上輸送すると云う反毛製造機械に高額の保険契約を締結し、一方輸送中の右機械を故意に焼失せしめ保険事故発生によりその保険給付を松浪の名で受領し詐取すべき計画のもとに松浪らを利用したに過ぎないもののようであつた。

(3)  それはともかく、昭和三十四年六月初頃前記保険金中の三百万円を松浪は原告会社の設立登記がすむまで別段預金として被告銀行に預けていたが、同月六日設立登記を完了したので松浪は同日右預金を「日新興産株式会社(商事部)取締役社長松浪新平」名義でうち金二九〇万円を普通預金十万円を当座預金とした。

(4)  上野学はその頃右預金が塚本らの仕組んだ保険金詐取によるものであることに感付き原告会社代表取締役松浪の旅行不在中の同年六月十日松浪の保管する右預金取引の為届出でた原告会社代表者の印鑑を持出しこれを被告銀行の普通預金払戻請求書二通の「日新興産株式会社取締役社長松浪新平」のゴム印名下に押捺して金二四〇万円及び金五〇万円の二通の払戻請求書を作成し、同日の午後三時半過頃被告銀行々員に対し、通帳は持つてきていないが後ですぐ持つてくる、手形の決裁をするのに急に金がいると申向けて右一通の二四〇万円の払戻を受け、他の一通五〇万円については明日支払期日の手形を持つてくるから決裁して貰いたいと申向け、翌十一日上野が偽造し訴外柴田武司と示し合わせて同人に対し振出交付しておいた松浪振出名義の額面金五〇万円の約束手形により柴田に於て被告銀行よりその支払を受けしめた。

(5)  被告銀行に於ては原告会社との預金取引は代表者松浪より右預入を受けただけの取引で上野が原告会社のためにした被告銀行との取引はなかつたが、前出の如く上野は松浪が副社長である株式会社大丸タクシーの経理課長として預金手形等の取引につきひん繁に同社を代理して被告銀行と取引していた関係があり被告銀行の常得意であつたので上野の示す払戻請求書に押捺してある会社代表者印は届出の預金印鑑と同一であるので通帳を所持しないことや上野の言動に何ら疑をはさむことなく右両日前記普通預金全部の金二九〇万円の払戻をした。

そこで被告の各抗弁事実につき考察する。

先づ被告は(一)上野学が原告会社の専務取締役であつて広汎な代理権を有していたから本件払戻請求もその代理権に基く旨抗弁する。前記甲第八号証中には上野学の供述の記載として前認定(3)の別段預金並に原告会社設立後の普通預金と当座預金とへの振替えも専ら上野がしたこと、前認定の如き原告会社設立の特殊性よりして会社の実権を掌握する者は松浪と上野の両名であつたとの部分が存するが、右のうち前者については右同号証の全体を通じて考察すれば必ずしもその趣旨が一貫しているとも云い難く明白ではなく且つ前認定事実に照し上野がそれに当つたとのことは措信できない。後者の点はそのような特殊性があつたとしても構成上は上野は代表権を有しない。取締役であり当然に原告会社の為に本件払戻を請求する権限を与えられていたとのことを証明するに足らない。而して他に上野が代理権を与えられていたことを認めるべき証拠はない。

次に表見代表取締役の行為として商法第二六二条の効果を抗弁するが、前認定のとおり上野は本件払戻の請求を為すに当り自己が専務取締役であることを被告銀行に示して払戻請求をした形式を何らとつていないのであつて前記原告会社取締役社長松浪新平なる払戻請求書を被告銀行に呈示して払戻を求めたに過ぎないのである。被告主張の右法条は代表権限がないに拘らず同条所定のような代表権限あるかの如く推認されるような名称を会社が附与し、その者がそのような名称を用いて行為した場合にそれを信頼した第三者を保護する規定であるから、右の如く本件に於ては形式的に見れば代理乃至使者と見受けられこそすれ代表権限あるものと推認するに足る外観を呈しての払戻請求であつたとは云えないから右法条を本件の場合適用することはできない。又仮りに特定の具体的行為に際して行為者自身から右のような名称を用いなかつたとしても相手方に於て行為者が会社に於てその名称を以て称されていることを知つていてそれ故に相手方に於て表見的代表者の行為と解した場合も含むと解する余地があるとしても前掲認定するとおり本件払戻は原告会社設立後僅かに四、五日のことで何らの事業も開始せず上野が原告会社の如何なる役職についているかについても被告銀行に判明していたとは解せられない。証人荻森弥佐雄の証言中には、原告会社の出資者名簿を見た、或は株主の名簿などや定款を見た旨述べるところがあるが、そうだとしても果してこれらによつて上野が原告会社の専務取締役であることを知つていたかは頗る疑問であつて、前認定の如く、上野の正常でない払戻要求に被告銀行が易々と応じたのは大丸タクシーに於ける上野が行員の頭の中にあつたからだと見るべきであろう。要するに商法第二六二条による抗弁も採り得ない。

次に被告は前記上野作成の普通預金払戻請求書は民法第四八〇条の受取証書に当ると抗弁する。主張のとおり預金の引出は払戻請求書に金高その他必要事項を記載しこれに届出印鑑を押捺して通帳と差出す(甲第一号証)もので、同書面に受領文言の記載はないけれども同書面上に銀行側で為す支払記載と併せて確かに支払証明の役目を果し且つ払戻金受領者の払戻を受けるにつき差入れる唯一の書面であるから受取証書と云うに妨げない。然しながら受取証書は真正なものであることを要するところ本件の払戻請求書は前述のとおり上野に於て原告会社代表者松浪の不在中同人保管の預金印鑑を冒用して作成したもので作成につき代理権を有していた場合でもないのであるから、これによる払戻を右法条によつて保護するわけにはゆかない。

然らば債権の準占有者に対する弁済としての効力如何につき考えるに、債権の準占有者とは取引一般の観念よりして債権者或は債権者の代理人であると信頼するに足る外観を備える者であることを要し、民法第四七八条の弁済としてその保護を与えられるためには弁済者が善意且つ無過失であることを必要と解する。被告銀行が上野の本件払戻につき上野が原告会社のためになすものと信じて払戻に応じ善意であつたことは前掲(5)に於て認定した事実より推認し得る。然らば被告銀行に過失はなかつたか。ここで指摘すべきは上野が普通預金通帳(甲第一号証)を所持していなかつた事実、更には前記のとおり本件預金名義は「日新興産株式会社(商事部)」として行われ原告会社の本件預金関係書類にすべて右(商事部)が記載されているに拘らず上野の示した払戻請求書には右(商事部)のないゴム印が押されていることである。この後者の点については要するに預金関係の特定の問題であり届出預金印鑑(乙第四号証)の場合の如き重要さを右(商事部)なる文字に帯びさしたものとは解されないから払戻或は預入につきその記載がなかつたとしても預金関係の特定を誤る結果を生じない限り、実害はないから特に本件に於て過失として強調する程のことはない。然しながら苟くも取引名義が(商事部)とされているならば当然それに注意を払い一応問題として解決しなければならないのに本件口頭弁論の全旨(特に被告銀行々員の証言等を通じ)によればこの点を看過して気付かなかつたか或はそうでないとしても問題にすることもなく不問に付している。このことは預金引出の際に必ず通帳を差出さねばならないとする銀行業務の原則的取扱に対し本件に於てその例外的取扱をしたのと同一の理由に基くものと考えられる。即ちそれは前述の如く株式会社大丸タクシーに於ける松浪と上野との関係、上野の右会社に於ける銀行取引に関する権限が被告銀行々員の頭に在り右と別個の関係である原告会社の場合にその区別を意識することなく同様な考えのもとに頭から上野を信頼してかかつたか、或は然らずとしても右大丸タクシー関係で常得意である上野の心情をそこなうことを考えて差控えたのであるか、いづれにしても預金通帳がなくても便宜取扱を為して然るべき特別の場合ではなく、単に「今持つてきていないが、後ですぐ持つてくるから」と云うに過ぎず、預金者本人が来行して引出を求めた場合でないのに、容易にしかも預金全額の払戻に応じたことは過失たることを免れない。特に前述の如く常得意である大丸タクシーとは異る原告会社との取引関係であるのにその区別の意識を欠いて右便宜扱をしたことは看過し得ない。大丸タクシー関係での上野の観念を取除き原告会社と上野との関係のみをとりあげて見れば被告銀行が上野に対し左様な破格の便宜扱をしたであろうか。それに値する特別の信頼理由が発見し得たであろうか。かように見てくると被告銀行に過失あることを否定し得ず、民法第四七八条による保護をも与えることはできない。

最後に商慣習の存在の抗弁について考える。銀行が預金通帳を提出することなく預金払戻請求を受けることはあるであろう。時には通帳のみならず預金印鑑をも持たずその請求を受けることもあるであろう。火災、水害等の天災その他盗難紛失等種々の理由によることが考えられる。通帳は有価証券でなくそれを失つたからとて預金債権を失うものでないのは勿論銀行業務は営利を目的とする商行為であるから通帳を提出せず払戻を求める理由が右の如き余儀なき場合以外に於ても対人的信用如何によつては払戻要求に応ずることがあろうことは当然である。証人小松康、河合義数、西川安久、荻森弥佐雄の各証言はいづれも預金通帳を所持しない場合でも特別の便宜的取扱に応ずべき業務上の必要があることを述べている。然しながら、所持しない理由とか払戻請求者が本人であるか代理人であるか、払戻の金額の多寡、その他払戻請求者に寄せる銀行側の信用の度合、銀行の当該事務担当者の判断等一切の事情により決せられることであつて、客観化し得る尺度を置くことが困難であることは右各証言自体によつても窺われる。かような客観性を保ち得ないような便宜的取扱に商慣習を認めることはできない。たとい通帳は所持しなくとも銀行に於てその者を債権者或は代理人と信じ便宜払戻した場合にその者が無権利者であつても銀行のその信頼が客観的にも支持せられるとき(無過失なるとき)には右商慣習を云為する迄もなく右弁済は法規により保護せられるのである。銀行の誤払に対する保護もその限度を以て足ると云うべきで、誤払につき銀行に過失ある場合に真実の預金者の利益を害してまで拡ぐべきいわれはない。

以上被告の抗弁はすべて採容することができない。

然らば被告は原告に対し金二九〇万円の本件預金債務をなお有するものと云うべく、この払戻を求める原告の本訴請求は正当である。

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